パティシエ・ヒロのHISTORY
コンクールと言っても修行中の小僧ですから「出品」なんてことは まだありません。せいぜい先輩の手伝いをさせていただく事でした。
仕事が終って・・・(いつもの流れ、しかも深夜)
「お疲れさん」。はい先輩、お疲れ様でした~。
これもいつも通り、予定通り・・・・。
これからが睡眠不足のゴングが鳴りました。
カ~ン!
「おい、イヨ!」
「はいっ」
「お前コンクール興味あるか?」
「もっ勿論ですよ!メッチャありますよ。」
コンクールなんて出品もした事も無いヤツが調子にのってつい 口が滑ってしまい、あたかも興味があるかの様に・・・・・。
「そうか!ほな、お前にコンクールの作品の作り方教えたるわ」 と、チーフ直々に。
(おおおっ!ついに私もコココココンクールと言う作品が作れる時が来た) と、思ったのはほんの数秒。
「お前、ワシの手伝いせ~や」と先輩・・・。
寮に帰ってから(先輩と同室)いつもの弁当もそこそこに済ませ 早速取り掛かり!
あーだこーだと世間話や武勇伝を聞かされながら 作品のパーツをひたすら作りました。
なにを作っているのかさっぱり解らないまま時間は過ぎ ラジオの深夜放送だけが楽しそうに語っている・・・。
「先輩?これって何日かかるんですか?」
「はぁ?何日?」
「あほか2ヶ月や!」
ゲッ!マジ・・・・・。
って言うことは2ヶ月間瓶詰めかよ・・・・いや缶詰かよ。
毎日寝るのは夜の3時か4時。早番のときは朝5時半起床。
週1度の休みの日はひたすら寝ました。(冬眠状態)
時は流れて・・・激流のように・・・。
作業も慣れ睡眠不足にも慣れ(毎回ですが)
コツをつかむとなかなか楽しいものでした。
時々先輩に近所の居酒屋で奢ってもらった事もあったりして 良いこともありました。
2ヶ月半作品が仕上がりかけ、よく観察してみると なななんと2つあるではないですか。
2つの作品を同時進行で作ってた訳です。 そりゃ何がなんだか解らないはず。
仕上がってみると繊細で微妙な色使いがたまらなく心地よく 達成感に浸っていました。
「イヨ。」
「え~やろ」
「はい。先輩むちゃくちゃかっこえ~ですね。」
「そうか。え~か?」
「え~ですわ。」
「ホンマにえ~と思うか?」
「思いますよ!」
「ホンマにカッコえ~ですわ」
「ワシもえ~と思うねんケドな、聞いてみたいねん」
「ホンマにえ~か」 (一体何回言わしたら気が済むねん)
「ごっついシビレますわ」
「ははは」 ちょっと疲れ気味での返事。
「イヨ。この1つはな、お前が手伝ったから、お前の名前で出品したるわ」
「ホンマですか?めっちゃ嬉しいっす。」
「おう。当たり前や」
「頑張れよ!ははは」 初めてコンクールで自分の名前が出る瞬間でした。
しかし、頑張れよの意味がこの時解らなかったのですが、後に理解し コンクールで入賞の常連となるきっかけとなった訳です。
結果は先輩の名前で出品した作品は上位入賞。
私の名前での出品作品は・・・・・入賞から外れてしまいました。
しかし、先輩から頂いた教えは無形の財産となり今も健在です。
この時17歳。コンクールに目覚めた時でした。
師匠は人見至容先輩。残念ながら42歳の若さで他界しましたが 数多くの賞を取り関西を初め全国でも屈指の職人でした。
今、作品を作り上げる技術があるのも師匠のお陰と 感謝しています。
次回はコンクールエピソード2「おおっ上位入賞か?!」をお届けいたします。