パティシエ・ヒロのHISTORY

生まれてから小学校時代

高知県高知市中水道に生まれ、動物好きの泣き虫 小僧でした。幼年期に母と離別し、近くの「江の口保育園」 に通う。もの心ついた時には母の姿無く、運動会のとき はいつも園内にある鳩小屋に隠れて、先生に見つかり 無理やり引っ張り出されてフォークダンスを踊らされた 記憶があります。
しかし、よく臭い鳩小屋なんかに隠れたもんだ。

とにかく父親によく可愛がられていろんなところへ 連れて行ってもらった、一番記憶しているのは 高知大丸へ行く時父親に 「お母さん買ってきて」と言った事があり 大笑いされたことを覚えています。 当時は母親がいない事にコンプレックスを 持つことなく当たり前に受け止めて どこかで仕入れてくるものと錯覚していたのでしょう。
今だから言える人生最大のボケですね。

なんだかんだといいながら小学校に入学!
高知市立一ツ橋小学校に無試験で入学
あたりまえか・・・・
真新しい学校で第1期生なんですね~
小学時代は近くの川(久万川)で魚とりや川海老を とったり、海で泳いだりと典型的な小学生でした。 低学年のころ(1年生か2年生だったかな~) 将来の夢という作文で、何故か勝手に鉛筆が 原稿用紙の上を走り、「パン屋さんになる」と書いて クラスで笑われたことを覚えています。
当時、プロ野球選手やパイロット、医者が主流の 時代でしたから、友の目には不思議に写ったのでしょう。
その後は将来の夢なんざ~2度と書くことは 無かったですね。

まぁ大きな怪我をすることも無く無事に育っていると思いきや 超ドジな怪我が襲ってきました。
川へ遊びに行く途中、自転車のカゴに虫取り網を挿して意気揚々と 自転車をこいでいると、突然前転・・・・。何が起こったのか?
車輪のスポークに網の棒(竹)が引っかかってロック状態 になり宙に舞い、ブロック塀の角に顔面激突!
お見事!
額が鼻、口、顎と縦に線が入ったような切り傷。
口は3針縫う怪我・・・・・。
めちゃめちゃカッコ悪かったですね。(笑)
今でも傷が残ってますが、元気印とでもしておきましょう。

まぁ、勉強嫌いの体育会系ですから、成績は下から数えたほうが 早かったですね、算数で「1」がついたときは(5段階評価) 流石にショックでした。・・・が、5分もたてば開き直って 「オレすごいぞ!1番や!」とクラスを走り回って 恥を隠したことがあります。
得意の学科は図工と体育!得意というより コレしか興味が無かったと言ったほうが正しい。

徐々に持ち前の明るさが発揮されたのは、5年生あたりから 一番仲のいい友人と全校集会の時毎度のようにしょうも無い ギャグを飛ばして笑いを取っていました。(先生指名だから逆らえない)

グリグリ坊主の小学時代も過ぎて進路が具体的に決まる 中学時代の幕開けです。