パティシエ・ヒロのHISTORY

ヨーロッパ修行(3)

~「ヨーロッパ修行 最終章」の巻~

前回の更新から3ヶ月・・・・
ワタクシは何をしていたんだろう。

寝てた・・・いやいやそんなことは無い。
一生懸命ブログ書いてました。

で、今回はヨーロッパ修行第3弾最終章ということでちょっと仕事以外の部分に
触れてみましょう。

では、始まりはじまり~

仕事も徐々に慣れて、カンタンな生活用語もなんなく喋れるようになると
あら不思議、行動範囲が広がってきたではありませんか。

仕事が終わって帰り道に小さな公園と市場があり、その市場で時々夕食の材料を
買って帰りました。
やはり毎日行くと顔も売れてきて(売れる?知られるだけですが・・)
おばちゃんたちの会話の餌食にされました。
「hiro!~今帰りかい~ 」「ピスターチ買っていきな~」
こんな感じで何かは絶対買わされてしまいました。

お付き合いが良かったのか、買った量の倍はオマケをつけてもらい
随分助けていただきました。 (さすがおばちゃんパワー)

そのマーケットの延長線上に野外の小さなビアガーデンがあり、そこでも
おじさん連中の餌食にされ、時々ビールをおごってもらったりドイツ語を
教えてもらったりと、大変可愛がってもらいました。

(要するに笑顔振りまいて誰かれかまわず話しかけたらこうなっただけですが・・・)

また、職場の人たちとオクトバーフェストに連れて行ってもらい、みんなが
お金を出し合ってワタクシに
「指揮台ステージに上がって指揮をして来い!」とか「hiroiいい思い出を作ってやる!」
などと酔った勢いでステージに上げられ指揮をしてきました。
(横でおじさんが指揮してる・・・・そりゃそうよ)

オクトバーフェストのステージにて

休暇の日は街のディスプレイなどを見学し写真に収めたりと感性を
歯磨きのように磨いてウロウロしていたところ、ある時見知らぬ一人の
ドイツ人が笑顔で何やら話しかけてきました。

「きみ。日本人?」
「ヤー(はい)」
(なんか親しみのあるいい人じゃん)
そのドイツ人(名前は記憶の彼方にいきましたが・・)は囁くように
「ワタシは日本の料理がつくれるよ」
と・・・・。
近場を歩きながら軽くガイドをするおじさん。

歩きながら名刺のようなネームカードを差出し「ウチに来ないかい?」「友達になろう」
こんな感じの会話でした。

(ほ~ドイツ人って親切なんや~、いい人が多いね~)

次の日、職場で朝食の時みんなを前に
「ドイツの人は優しいですね~。昨日こんなことがありましたよ~」
と話をしたところ。

肩をゆすりながらみんな大笑い、

「なに・・・なに???」
横に居たアロイスが、耳元で
「ホモになりたいか(^^)」
(はぁ?・・・・そんな趣味無いわ)
実は街で起こった出来事はホモから声をかけられたのだった。

相変わらずみんな大笑い、午後には職場中にその話が広がり笑いの餌食。
(くそ~!)

それ以来街を徘徊する時は警戒して
「ハイ~きみ日本人?」
(はぁ~また来た・・)
「いえいえ、ワタシは○○人」
そう言うとサッサと離れていくのであった。
(ハハハハ。引っかかるかよ!)

ガイドブックに出てくるドイツ語会話をそのまま喋ってくると
要警戒ですよ。

時は過ぎ、ある日アロイスと蝋細工と木型を見に、ハッヘンフォッヘン(だったかな・・・)の
小さな田舎町に行く機会があり、ミュンヘンからアウトバーンを走り(かなり旧型の
メルゼスで)目的地を目指しました。

初めて走ったアウトバーン。日本の高速道路とはやっぱり違いますね~
(なにが違うかよく解りませんが、なんか違う。)

出発して数時間、目的地に到着するとなにやら歓迎ムード。
「この街に日本人が来た」というだけで地元新聞の取材!
初日本人らしい・・・・。(ホントかな?)

まぁアロイスが相手してくれていたのでワタクシは蝋細工の店にそそくさと入り
商品を眺めていると小さな兄弟が近寄ってきて話しかけてきました。
笑顔の可愛い兄弟で会話のレベルが同じくらいなので非常に話しやすく、
数分もたたぬうちに仲良くなり、その兄弟がいろんな場所を案内してくれました。

ドイツでできた小さな友達

数時間ほどそこで過ごすうちに兄弟の兄の方が「泊まっていけ」と連呼。
「今日は泊まるところが無いんだよ~」と言うと
(ここが可愛い)
「僕の部屋が空いてるよ」
(なんて可愛いヤツ)
しかし、それは無理でアロイスに説明をお願いしたところ今度は
「ゲシェンク!ゲシェンク!」(おみやげ!おみやげ!)と
その子が作った蝋細工をプレゼントしてくれました。

今でもその蝋細工は大切に取ってあります。

こんないい話の後には思いもよらぬ事故が・・・・・。

ミュンヘンへの帰り道、何の問題も無くアウトバーンを走行中
いきなり後ろの方で「バシュッ!!」と聞いたことも無い音が
車内に響き、ウトウト状態のワタクシも「なんじゃ???」の大声

ハンドルを取られるアロイス・・・・。
「#”’%&%()(&)%$%##(??」
(なんか訳わからん事吼えとる)

(どーでもえ~から路側帯に早く止めてくれよ~)

えらく長い時間が過ぎたような・・・

ようやく路側帯に車を止めて原因を探ってみると
なんと、タイヤがバーストしてブチブチではありませんか!
ホント大きな事故にはならくて良かった。
(ちゃんと点検しとけよ・・・)と心の叫び。

すぐさまアロイスがハイウエイサービス(JAFみたいなトコ)に電話して
(当時携帯電話というものが無かったので、緊急電話まで歩いて行きました。)
しかし、この電話までが遠い遠い。

電話をしてから待つこと2時間。2時間ですよ
ようやくサービスが到着して車両点検が始まりました。
(やった、やっと帰れる)と思ったが、甘い!

何かの部品が無くて、それを取りに帰るために往復しないといけないらしく
これから更に4時間はかかると・・・・・
(うそやろ~~~)
アロイスは「しょうがない。」とヘラヘラ笑う。
(アホか・・・・くそっ~)

その日は7時から別の知人(ドイツ人)から食事の招待を受けていたので早く帰らないと・・
どう考えても間に合わないので、アウトバーンである行動にでました。

アウトバーンを走って帰る!

うそです。
ヒッチハイクをしました。(マジで)

何台か通り過ぎたときに1台の車が止まってくれて、近くの駅までならと
フォルクスワーゲンに乗ってた老夫婦に送っていただきました。

後にも先にもアウトバーンでヒッチハイクをした日本人は私だけかも・・・・。

なんとか無事にマリエンプラッツに到着できました。
長い1日だった。

月日は過ぎ、仕事も慣れ、仕上げのほとんどを任されるようになった頃
衝撃的なスイーツに出会いました
それは今でも有名な「ティラミス」です。
今から24年前ですよ・・。24年前
本当に美味しくて「これは日本でも売れる!」と確信し日本の会社へ
『テラミソと言う物凄く美味しいケーキがアリマス』と手紙を書いたところ
(発音がテラミソに聞こえたのでそのまま書きました)

反応がよく、日本から電話・・・・
しかし、思いもよらぬ回答がぁっ!

「なにそれ?テラミス?お寺で味噌作ってんの?」

最初はお笑いかと思ってましたがどうやら本気で答えた様子・・
(何寝言言うてんのやろう)
アホくさくなってその場は流しましたが、後に日本で作った時はマスカルポーネが
手に入らず代用チーズを使いましたが全く売れず・・・・。
マスカルポーネが入手出来だしてから再度挑戦。
「ベチャベチャしてる」「コーヒーがキツイ」などクレームの嵐・・・

何年か後にそれがブレイクするとはこの時誰も想像してなかったハズ。
ヒットした時は(やっぱり!オレ様は間違ってなかった)確信しました。

おっと話が逸れましたね。

更に技術修行と人間関係の修行を積んで、今度はミュンヘンから
スイスへと移動しました。
スイスはチューリッヒの「ホノルド」という老舗で修行。
ここでも今考えれば無謀な事をしました。

宿泊先も決めず、誰にも頼らず手紙一枚で「何とかなるやろ」で飛び込みましたが、
なんともならない・・・。

到着したその日にじわじわと「どうしょう・・」が襲ってくる。日が落ちて夜が来る・・・。
考えてもしょうが無いので取り合えず知らないホテルのレストランに入り腹ごしらえ。
すると、一人のボーイが寄って来て、「日本人?」
(またこの手口か!)
そう思いながらも、「日本人!」と答えるとそのボーイは
「忍者?」
(・・・・・・アホか!どう見ても忍者に見えるわけないやん)
ある意味絶句。

忍者の説明を軽くする。(何でスイスまで来て忍者の説明せなあかんねん)
一気に旅の疲れが津波のように押し寄せて来た時ボーイから朗報がっ。

「ここのレストランの料理長は日本人だよ」と笑顔で。
(ふ~~~ん・・・)
どこでも日本人は居るやろ・・。
「今から連れてくる」とボーイ
(あっどうぞ・・・。)
テーブルに来られたのは正真正銘の日本人!
カッコイイ髭のやや三国清美さん似のシェフ。

まず自己紹介をして、飛び込みでスイスに来た経緯をお話ししたところ
シェフが「自分のアパートは部屋が空いているので使っていいよと・・」

おおおおおおおッ神の声!
ボーイのおかげ。
(良かった、忍者の話しといて)
ボーイが忍者の影響を受けたのはこのシェフの影響だった事が後から解った。

シェフのおかげでワインの事やチーズの事など教わり、毎晩仕事が終わったら
二人でバーやビストロで野望を語り勉強させていただきました。

スイスでは主にショコラや飴細工を習い、飴は同じ職場のアラン(フランス人)の
進めもあってエバハルトノッター先生の塾へアランと一緒に通いました。

エバハルトノッター先生の塾

もう一人アルゼンチン出身のフィリップとも仲良く、よく3人でアチコチ出かけて
おりました。
アランのおかげでスイスを拠点にしてフランスへ短期修行の旅もできました。

ある時フィリップが自国に帰る時が来て3人でパーティーをしていた時の事、
フィリップが突然ワタクシの荷物を纏めだした。
「何?」と聞くと
「hiroも一緒にアルゼンチンに来い」と
・・・・・・。
アラン大笑い!
フィリップ泣く!

一番奥がアラン。

手前のヤツは性格悪いので
よく口げんかしました。
(訛りのドイツ語VS関西弁)

一応フィリップを宥めながら、
「オレはアルゼンチンは無理。君はアルゼンチン、僕はナイゼンチン」
このギャグが通じたかははどうかは定かではないが、とり会えず落ち着き、
その後はみんな2日酔い。

笑顔のフィリップ

時が過ぎ、アランも徴兵でフランスに戻る時、それに合わせたかのように
私も日本に帰国。
仲の良かった異国人3人がバラバラになる時は本当に辛かったですね。

さて、帰国の日荷物をまとめてチューリッヒ空港へ!
ここでもまたハプニング!

空港カウンターで荷物を預けた所、何か解らない紙を一枚・・・
辞書で調べようと・・・
(あっ、スーツケースの中やった)
「あ~ぁ、どうしよう・・。」

撃沈の最中遠くにJALのカウターを発見!
(一瞬神様のカウンターに見えた)

たまたま、日本人の男性職員の方がいらっしゃって、紙を見せて翻訳していただきました。
すると・・・「罰金ですね~」の回答。
一瞬耳を疑い「えっ?」

荷物のウエイトオーバーですよ(^^)
(そんな事があったのか・・・・ガーン)

頭を過ぎったのは(一生ここで過ごすのか・・嫁さんと子を呼ばなくては)

そんな事よりもどうすれば搭乗できるか尋ねてみると
「罰金払ったら大丈夫ですよ。」
「5千スイスフラン」
なんて???・・・・・・ごっ5千スイスフラン?

(嘘やろ・・・・給料はほとんど道具を買ったので手持ちが無い。)

現在ワタシの手持ちは1200スイスフラン。どう考えても足らない。
飛行機の時間は迫ってくる。
その時、放送がかかり、ワタシの乗る飛行機が整備の為4時間遅れ!
(JALの方に通訳していただきました。)

ラッキー!  いやいや遅れただけでラッキーではない。
搭乗する航空会社からフライトが遅れた為に配布される軽食のチケットをもらいました。
しかし、その軽食チケットは紛失、お腹は減るし・・・・。

すわり込んでいたところ一人の日本人が声をかけてくれました。
(北海道からスイスに来られた産婦人科の男性ドクター)

「どうしたんですか?」
「はい実はウエイトオーバーで罰金を払わないといけないのですが、お金が足りなくて・・」
ドクターはあきれた顔で
「へぇ~お金持たずによく旅行に来れるよね・・・」

かなりキツイいやみとともにプイと人混みに消えていきました。
(なんやねん、旅行とちゃうわアホ!)

心の叫び声だった。
確かに現金薄で帰ろうと思う根性も異常かも・・・・
飛行機に乗ればこっちのもんよ!機内食は出るし飲み物には不自由しないし・・
このあつかましい心構えにバチがあたったのだろう。

そんな事よりも対策を練らなくては。

再びJALのカウンターへ行き対策方法を相談すると、JALの方のご好意により
方法が見つかりました。
話し合いの後、すぐ日本に住む嫁さんに電話・・・

(プルルルルルル・・ お金が足らんねん)
(はぁ?)
(今すぐ、近くのJAL予約センターへ行ってな、現金5万円振り込んで来て~~~)
(解った!)

かなり内容は短縮してますが、ポイントはこんなやり取りでした。
無事、スイス空港でJALへの入金確認が取れたところでカウンターで現金を
貸していただき罰金を支払って何とかフライトに間に合いました。
(罰金の解釈が正しいかどうかわかりませんが)

緊張と粘りの4時間勝負!
この時ワタクシは学びました。
とにかく最後の最後まであきらめない事!

あきらめなければ最後は来ないという事です。

ヨーロッパでの修行を終え帰路につきました。(なんとか)
帰りの機内ではまず家族に早く会いたいという気持ちと嫁さんへの感謝。

各国で知り合った暖かい人々、中でもアロイス。アラン。フィリップは
忘れることの無い友人。
普通では考えられないドラマの数々。

飛行機と共に涙の気流に乗って日本へ・・・・・・・・。

(機内の様子)

「ビーフにしますか?それともチキンにしますか?・・・」

「ビーフぷりーず!!」

・・・・・・・・・・・・・・・。おなか空いた。

いかがでしたか?記憶とアルバムをたどりながらのヒストリー。
もちろんノンフィクションです。
かなり短縮してシリーズをお届けしましたが、次回は帰国後のストーリーを
お届けいたします。
大阪の某店を退職する時にまたまたドラマが・・・・。